2012年03月06日

「コンテンポラリー・ダンス」の世界

第2回ACFアートサロン「コンテンポラリー・ダンスの世界」という講演に行ってきました。

日本の、そして世界の「コンテンポラリー・ダンス」について熱くそして時におもしろおかしく語る
舞踊評論家 乗越たかおさんによる講演会です。

先に個人ブログの方にも書いたので、
もしよろしければこちらも。

自分の世間知らずさ加減、知識不足はさておいて、
講演を聴いて率直に思ったことが、演劇をする自分の「危機感」。

ダンスがどんどん演劇の世界に入り込んできている今、演劇「にしか」できないことを
あらためて考えつつ、作品づくりをしなければいけないなーと、良い意味で視野が広がりました。

単純に「人間がいっぱい動く」ということではない舞台の埋め方を、演劇はもっと探っていかなければならない。
細かい芝居はたぶん、もういいよ、という時代がそのうち来るのでは。

というか、もう来てそう。

時代ということで言えば、今ヨーロッパでは「提案」のできないダンサーいらない!という状況になっているそう。
与えられた振り付けを完璧にこなせる人間はもう掃くほどいて、
いかにダンサーがクリエイティビティを発揮できるか、ということに重きがおかれている。

ヨーロッパの「演劇」の方の状況はどうなのか、もっと調べてみなければわからないのですが、(ご存知の方います?)
今日本も、新国立劇場の研修所ができたり、俳優教育が充実してきているから、
もっともっと役者全体の底上げがすすめば、
その内「演出家の言う通りに動けるだけの役者は要らない!」という時代が来るのではないでしょうか?
それが何年後かはわからないけれど・・・

あともう一つは、これだけの熱意を持って、
日本中の、そして世界の「コンテンポラリー・ダンス」について総体的に語ってくれる人がいて、
「日本のコンテンポラリー・ダンサーはしあわせものだな〜」と激しくうらやましく思いました。

今の演劇について、日本中の、そして世界中の演劇をしっかりふまえた上で語れる人って、
いるのでしょうか?(いたらごめんなさい。そして教えて下さい。)

乗越さんの著書「どうせダンスなんかみないんだろ?!」
この講演の前に地下鉄内でひたすら立ち読みして、ときどき「あはは!」と1人で笑ってしまい、
周りの人に怪訝な顔をされていたワタシなのですが、

この本からは乗越さんの「コンテンポラリー・ダンス」への「愛」をひしひしと感じた。

上から目線、批評家目線であれはだめ、これはだめ、そして派閥争い、
若いやつらは自力で這い上がってこいや、コルァ!

じゃなくて、

もちろん努力は必要だけれど、こんな風に、若い演劇人に愛あるメッセージを発信してくれる、
温かく、時には厳しく育ててくれる評論家、ジャーナリストが
演劇界にももっと増えてくれたら、と思う。

もちろん札幌にも。
(くりかえしになりますが、いたらごめんなさい。そしてきっといるはず。そして教えて下さい。)


若手演劇人に愛をーーー!
posted by 研究員まゆ at 01:54| Comment(0) | アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月03日

アート変われば・・・

※個人ブログ「アートのこと。こどものこと。生きること。」をお読みいただいた方へ。
今回は、そっちの同タイトル記事と全く同じ内容です。



クラシックバレエ出身のひとと話す(←男性)。

もともと小さい頃からバレエをやっていた人ではなくて、大人になってから始めた方なのだけれど、
当時は男性バレリーナ(バレリーナ?)は少なくて(今も?)、
あちこちの公演にひっぱりだこだったそうです。

でもやっぱりはまると面白くて、いろいろな舞台を観てだんだんわかるようになってきたそうなのですが、
その人が言うに
「モダンダンスやコンテンポラリーダンスはわからない!」と・・・

それが私にとっては意外に感じたものでした。
ダンスをやっている人だから、ジャンルは違えど、身体のことだから、芸術のことだから、
「共通言語」的なものがあるのだとばかり思っていたので、ちょっと驚いたのでした。

でもまあ。
演劇の世界でも、
ギリシア詩劇やら、リアリズムやら、アングラやら、ダンスに近いものやら・・・
いろんな表現をとる人がいて、互いに互いが「わからない」ことはままあるのでしょう。

1つだけ、この場をお借りして弁解しておきますと、
私自身結構いろんな方から
「あなたがやりたいのはアングラでしょ?」と言われることが ”かなり”あるのですが、
いえ、決してそんなことはないんですよ・・・
経歴だけ見たら確かにそうですが。
どうしてだろう。よく誤解されます・・・

やっぱりどうしても自分が今まで吸収してきたものをベースに表現するから、
「○○っぽく」なってしまうのは仕方がないのかもしれないけれど、
そこにとどまるつもりは全然なくて。

自分自身の限界を、常に突き破っていけたらな、と思っています。

と、そんなわけで、
シェイクスピアやります。↓↓

さっぽろ演劇研究室 短編演劇プロジェクトB 『マクベス夫人』

突き破っていけるのかどうなのか、レッツ・チャレンジです。
posted by 研究員まゆ at 01:46| Comment(0) | アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月12日

アートとしての演劇。

今年の「さっぽろ演劇研究室」の核を決めました。


ここさっぽろで、アートとしての演劇をしたい。


「アートとして」というのは、いろいろな意味を含んでいます。
ポジティブな意味もありますが、もちろんネガティブな意味も。

ポジティブな意味で言えば、
絵やインスタレーション、ダンス、詩、音楽・・・
そうした他のアートをつくるときと同じような構築プロセス、思考プロセスをたどって
演劇作品を作りたいなー ということが一つ。

そして、可能であればそうした他ジャンルのアートとのコラボレーション、またはフュージョン、
を含めた総体的な作品づくりも視野に入れたいな、ということが一つ。
ただこれに関しては一つ留意点があって、演劇にほにゃららを取り入れる、という視点ではなく、
演劇とほにゃららはあくまで対等で、双方の特長を相乗効果でのばしていけるものにしたいということ。
ほにゃららに対するリスペクトを忘れないようにしたいのです。


ネガティブな面で言えば、
エンターテイメントにはしたくない、ということ。

第一に、札幌で見る演劇は「おもしろい」「おもしろくない」という基準で
作品が選ばれているきらいがまだまだあると思うのですよね。

「おもしろい=エンターテインである」という基準。

そうではなくて「アートとして」おもしろい作品を作り、
また観客がそれを求める。
そんな風土を札幌にも形成したい。
わーお。でかいクチたたきましたよコレ
・・・許してください。
ただ私が最近あまり観劇に行けていないので、私の偏見である可能性はおおいにあります。

第二に、これは「さっぽろ演劇研究室」という名前に込めた思いでもあるのですが、
固定化された演劇にしたくない、ということです。
新しい価値を提供する作品でありたい。


今年は子どもがまだ小さいので、小さな規模の公演でやっていくしかないかもしれません。
それでももし興味を持たれた方がいらっしゃったら、ぜひ一緒にやりませんか。
出演してくださる方と、制作の方を特に求めています。お気軽にご連絡ください。

また、公演自体はそう大きなことはできない代わりに、
他のアーティストの方のアーツマネジメントに少しずつ携わらせていただいてます。
演劇とは違うジャンルであったり、マーケットの様子はまた違うかもしれませんが、
「アーツマネジメント」というくくり全般で動いてみるつもりです。

アーティストの方で、そうしたマネジメントや制作に協力が必要な方がいれば、
ご連絡ください。
ペーペーですが、自分のできるだけのことをやらせていただきます。

posted by 研究員まゆ at 22:02| Comment(0) | アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。