2014年02月26日

演劇だからこその悩みかもしれない。〜CAI卒展についてまだ悩んでいるよ

さてさて。
明後日には、CAIアートスクールの卒展で、
何をやるのかの発表をしなければならないのです。

悩んでいるのです。

悩み、というか、
どのアプローチが一番良いのだろうかということにて。

というのも、
私は演劇というか、パフォーマンスをやろうと思うのですが、
だからこその悩み。


「アート」をやるのは、
「自分があと余命一ヶ月だとして、それでもやりたい」くらい、
やりたいことを探すのです。

それでいて、
見る人 と 作家 の間にあるものが「アート」なのです。
創った作品という「モノ」。が、アートではないの。

しかしそれがね。
演劇の場合、

見る人
演出
演者

という3人の立場がありましてね。

私が悩んでいるのはまさに

「演者」とは、作品なのか? それとも作家なのか?
という部分でしてね。

一番の思いは、「演じたい」
というモチベーションなのかも?知れない。
いまのところ。

しかしだね、
これってね、「作りたい」という思いと
果たしてイコールなのか?

ということに悩んでおるわけなのです。

「演じたい」という気持ちをさらに掘り下げるならば、
もうすぐ死ぬというこの時に、世界の果てで世界と一体となって、
砂のように崩れて死んでゆきたい

という、感覚を、パフォーマンスで表したいわけでして。

でもその「表したい」って、
「作りたい」なのかなあ・・
それとも「感じたい」なのかなあ・・
それとも「感じてほしい」なのかなあ・・

とかとか。



あ。

いま書いててふと思ったのは、
きっと、映像とか鏡で、
一度客観的に見たらわかるのかもね、
とかね。

自分の内面と、
客観的に見た感じとをすり合わす行為。

そこから実験してみようかな。


ふう。

「演劇」というアートこその悩み。
posted by 研究員まゆ at 01:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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