セリフがほぼ頭に入り、役の感情についての理解がすすむと、
その感情を「再現」しようと、セリフに感情を無理にのせようとする状態が出てくる。
その結果、(戯曲上・演出上)指定されたもの以外の間が増えたり、
役者が表現したい(すべきと考えている)感情と、実際の感情との溝を埋めるために、無駄な呼吸使いをしたりすることが増え、
全体的にセリフや空間の雰囲気が重苦しいものとなってくる。
そこで極力セリフに頼る事をやめ、セリフよりも身体での表現に重きを置いたり、内面で動くものに意識を集中することが有効になる。
身体の変化と、セリフへの集中から解放されることによって、内面が自由になり、無理に引き出さざるをえなかった(実際には引き出して見せかけていた)揺れが比較的楽に出るようになる。
ただ、役者の方に不安はある。
もっと構築していなければいけないのではないか?
だが集中して構築していると思っていたものは、実は力み、つまり緊張である。
硬直しているものをほぐすことによって、新しい役への発見を感じる。
ただし注意しなければならないのは、
「セリフをただ言えば伝わる」というのは、
戯曲の構成力・セリフのもつ力を「信じる」という点のみで用いるべきで、
それに全面的に頼るというのは、役者の役目を放棄しているということに外ならないと思う。
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