2009年08月04日

稽古日記2。

「どうしよう?」「どうしたらいいんだろう?」という意識について。

返し稽古をしていて。

何か行動を起こそうというときに、「何をするのが正解か?」という思考が体にブレーキをかけることがある。
その思考の根本的な原因を探っていくと、恥の意識とか、責任感とか、いわゆる「社会的」な意識に辿りつくのかなと思う。

自分がする行動によって、今この場に与える影響がどんなものか、どういう結果をもたらすのか、つまるところ「何をするのが正解か?」という思考が働くと、
1・2・3ハイ!、で動くところが
1・2・3・・・ハイ!というように、身体の行動に待ったをかける。

これが日常生活(特に仕事の場)なら、空気読める人だ、というように好評価されることも多いだろう。
でも、これが演劇での表現となると単純にそうはいかない。
なぜなら演劇では、
演じ手と観客という「場」

演じ手とその他の演じ手で作る「場」
という二つの次元の「場」が存在しているから。

二つの異なる次元の「場」があるということは、片方の場への協力が、時にはもう片方の場への「裏切り」となることがあるということ。
だから、一つの場の空気を読むことが、総合的な判断として「正解!」とはならないことが多々ある。

自分を客観視することができると誇った政治家もいたけれど、
演劇をやる上での「客観視」は、役者にとって弊害になることの方が
特に経験の少ないうちは多いのではないかと思う。

これは、持論でもある。
posted by 研究員 at 15:01| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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